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THE OUTLINE 見えていない輪郭 21_21 DESIGN SITE (TOKYO MIDTOWN) |
ものが溢れている今の時代に、さらにものを作る理由はなんだろう。
何度も何度も問われ続け、もう訊き飽きたはずのその質問は、デザインを志す学生から出てきた。またそういうありきたりの質問をわざわざこんなところで、と学生の青さを鼻で笑ってしまったが、実はそれこそが、今、僕が問わなければいけなかった1番の質問だったことに気づいた。
正直、深澤直人の答えはよくわからなかった。けど、なんでだろう。自分で考えろっていうメッセージなのかと思うと同時に、その質問をした学生に、僕が代わりに答えられるような気がした。僕は既に、答えを持っている。
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オープニングトーク 深澤直人(左)と藤井保 |
その答えには、2つのアプローチがある。
一つは、まだものが溢れていない人のためにものを作る。IKEAの理念みたいなの。
発展途上国などの、まだ貧困層の多い国や地域の人でも、必要十分なものを揃えて人並みの生活をするためには、もっとローコストで大量にものをつくらないといけない。その需要は今後も止まらない。世界にはまだまだものが足りない。けど資源は限られている。限られた資源で、世界中が満たされるためのものづくりをつづけなければいけない。
そして、もう一つは、ものを作らせないためのものづくり。
ものが既に溢れているのに、それでもものが生産され消費され続けるのはなぜか。いろいろあるけど、たとえば、古くなったから、壊れたから、無くしたから、飽きたから、もっと良いものが欲しくなったから。そんな理由で、もしかしたらまだ十分使えるものなのに、捨てられて、新しいものを買う。そして、そんなふうに消費を廻すことで経済は廻ってるんだから止める訳にはいかないんだ!と究極の良い訳をしている。
デザイナーは「そんな言い訳をさせないもの」をデザインしなきゃいけない。長く使えるもの、壊れないもの、壊れても直せるもの、大切にしたいもの、飽きないもの、これがあれば他のものは要らないと思わせてくれるもの。そして、そうやって大切にしたいものを手に入れて買い換えなくなって売れる数が少なくなっても、ものを作る人が十分に食べていけるだけの値段が付けられる、価値の高いものをデザインしなきゃいけない。
藤井保がくれたヒントは「飽きたらゴミになる」という刺激的な言葉。どんなに質の高いものでも、高価なものでも、どんなブランドのものでも、長持ちするものでも、飽きたら要らないものになってしまう。優れたデザインには、ずっと長い間使っていても「飽きさせない」魅力がある、という。
そして深澤直人は価格とロットのバランスについて「そのものの価値がわかって価格に納得して買ってくれる人に届く分しか作らない」と言った。
それを、僕はずっと、デザインに理解があって経済的にゆとりある一部の人を特別扱いする特権階級のためのデザインで、蚊帳の外に追いやられている自分はなんとなく面白くなくて、そんなデザインの何が優れたデザインなのかわからくなっていた。
けど、本当に価値のあるものを、それをきちんとわかって大切に使ってくれる人に届け、それでなおかつ作った人がきちんと対価を得るためには、この考え方はぴったりと「はまっている」。
これが、マーケティングだったら、ターゲットの顧客の払える金額が少ないなら、ものをたくさん作って利益を確保すればいいって話にすぐなる。けど、そんな価格で良いものが作れるか?そんな薄利でものの価値が伝えてる余裕があるか?そんな値段しか出さない人はそのものを大切に使ってくれるだろうか?
そう思えば、ターゲットを「そのものの価値がわかって価格に納得して買ってくれる人」とすることは、これからのものづくりには欠かせない前提かもしれない。
そして逆に、ものを買う人はそのものの本当の価値がわかったものしか買ってはいけないのかもしれない。無理してでも、良いものを買えば、ずっと使えることで結果的に安く済むこともある。
少なくとも、そんな姿勢でものを選ぶ人は、きっとすごく自立していてカッコ良い。
デザイナーが創っているのは「もの」ではなく「こんなものを作った方が良い」というディレクションだと思う。
自分が作らなくても、ものは作られて続ける。どうせ作るなら、良いものを作った方がいい。作るにしても誰がどれだけ欲しいか知った上で余らせない。そうやって、ものづくりをコントロールする=「適正化」するのがデザイナーの役割。決して誰が欲しいのかわからないものを大量に作るのが仕事じゃない。
長くなったけど、これが、今の僕がたどり着いた答え。
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