2006.11.23  

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マリオリヴィオ 『黄金比はすべてを美しくするか?』 黄金比はすべてを美しくするか?
マリオリヴィオ / 斉藤隆央 訳

 デザインという領域に限らず,自分のアドバンテージは何かと言えば,それはもう考えるまでもなくこの極端に偏執的な理系思考回路以外の何ものでもなく,ひょっとしたらデザインにおけるカタチの探求も幾何学から演繹的に導出できたりするんじゃないかという試みの中で,こんな1冊に出会いました.

 黄金比(外中比)とは,ユークリッドの定義によれば,ある長さの線分を,全体と大きい部分の比率と,大きい部分と小さい部分の比率が等しくなるよう分ける分割のことで,およそ 1 : 1.618 になります.

ナスの葉序調査
1年次に,ナスの葉序を調べた例.
むしろ144°(五角形)に近い
116~158°の分布を,かなり
恣意的に138°(黄金角)と見なしている.
造形に規則性を見つけるのは簡単だ.

 この学校でも初期のカリキュラムで「黄金比」について2単位くらい割いていて,曰く自然の造形の中には黄金比の例が多数発見でき,一見複雑に見えるそれらも実は抽象的で厳格な純粋数学によるシンプルな規則に従っている,思考も意志も持たないそれらが無理数Φ(=1.6182...)を人類が発見する前から「知っていた」というのが何とも摩訶不思議とか.
 でもそれはもちろん順序が逆で,自然の造形は,諸条件に最適な形態を試行錯誤しているうちに自然と純粋数学における抽象形態に「近似してきた」というのが正解だと思う.本書でも触れられているドゥアディとクーデの実験によると,外周方向へ均等に傾斜した円盤(例えば緩やかな凸球面)のようなものの中心に互いに反発しあう自由に動ける小さい物体(例えば静電気を帯びたビーズ玉)のようなものを転がしていくと,たいていはその間隔が黄金らせんに収束するらしい.要するに,互いに反発しあうものが特定の面積を占めるときに,一番無理のない配置が黄金らせんに「近く」なる.

 ということは,仮に何か美しいプロポーションが黄金比に近似していたとしても,その「美」と「黄金比」は直接は関係ない場合が多いということ.美しいプロポーションの中に黄金比であるものは見つけられるけど,「黄金比だから美しい」とは限らない.もし,あえてその「美」の説明に「黄金比」を絡ませたいとするならば,なぜそのプロポーションが黄金比に近似するのか,その「因果」こそが「美」の本質であると言い表せるんじゃないかと思います.
 ていうかそれが,カタチの形成原因に理性的根拠をあてがうことで自己創出させようという僕のデザインアプローチの大義名分なのかもしれないけど.

 自然造形が「美しい」理由も,芸術が「美しい」理由も,あるいは数学の証明が「美しい」理由も,実はそれぞれ全くと言っていいほど違う判断基準に基づいた価値観で,それだけでも「普遍的な美」の存在に疑問が投げかけられます.それなのにそこに普遍的な「美」の定義を探してしまうのは人の世の常.そんな定義が見つかれば,美しいものを誰でも簡単に創り出せるようになるかもしれない.そういう切なる希望が,こうした黄金比の広範囲な応用と,それよりもさらに大きな拡大解釈と誤用濫用につながっていることを,本書では指摘しているんだと思います.

 さまざまな美術作品や楽曲や詩のなかに(本物や偽者の)黄金比を見つけ出そうとするのは,結局,理想の美の規範が存在し,それは実際の作品によって説明できるという思いこみがあるからだ.しかし歴史は,普及の価値を持つ作品を生み出した芸術家が,そうした形式的なルールから脱却した人であることも明らかにしている.(P.246)

 数学は最も抽象的で普遍的で,ありとあらゆる現実問題に適用しスパッと解決してしまう魔法の杖みたいに思われているところがあるけど,実はそれほど何にでも適用できるツールじゃないことは忘れちゃいけない.けど,現実とは完全に切り離されたところで作られてきた数学が,多くの現実問題を解決するツールとして実際役に立っているように,デザインや美の問題解決にも,何かしら使える可能性は棄てきれない.そんな数学者も物理学者も考えない可能性を考えてみることが,僕みたいに中途半端な人間の仕事だったりするのかなぁと妄想してみたり.

 黄金比に関する歴史や不思議な性質,それに見せられた人々の物語から発展し,後半の純粋数学と現実世界との親密性についての考察はとても示唆に富んでいて,久しぶりに寝るのも忘れて熱中させてくれた面白い本でした.


黄金比デバイダー この本のあとがきに余談として「黄金比デバイダー」なるものについて触れられてます.なんだそれは?!と言うわけでググってみたら,開けてビックリ.うわー!なんかもう,実用云々を通り越して格好良すぎ.このまんま攻殻機動隊に出てきそう.黄金比の「美」に対するデザイナーの並々ならぬ情熱を感じましたとさ.
 原理は案外簡単です.

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