「伝えない」のは時に暴言よりも深い傷を負わせる凶器

2006.02.23  

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川上弘美他 『恋愛小説』

こう言うのを潮時というのだろうか.(乃南アサ『アンバランス』より)

 30歳をまたいでかれこれ4年の付き合いになる彼.彼のマンションで同棲し,会社も辞めて,結婚前に既に専業主婦さながらの生活.日常にゆとりがあり,カルチャースクールで趣味を満喫できる今の生活に不満があるはずがない.
 ただこのところ,彼と話をしなくなった.若いながらも重要なポストを与えられ,毎日遅くまで帰宅せず,帰ってきても酒と疲れからまともに話を聞いてくれない.一緒に生活しているのに,話をするのは正味一日30分程度.
 私に関心が無くなってしまったんだろうか.何か彼の気に障るようなことを,彼の失意を買うようなことをしたんだろうか.今日もそれを彼に伝えることができず,彼の気持ちを確認することができず,また寂しさと苛立ちが募っていく.

 相手の考えていることが,ほんの少しでも良いから,正確にわかればいいのにと思うことがよくある.そんなもの本人に話を聞いてみればいいじゃないかと実際良く言われるし,言われなくてもわかっているつもりだ.けど,わかっているからといって必ずしもそれが実行できるとは限らない.

 「臆病」で「考えすぎ」な気質は,特に独りでは解決できない問題を抱えてしまったときに,それを致命的な問題にまで発展させる.きっかけはほんの些細なことだったりする.だけど一度思い立ってしまうと,思い悩んでしまうと,次からはあらゆる些細な行動がその原因に結びついてしまう.勝手な妄想だと思っていても,その小さなわだかまりが発話のタイミングを奪い,会話の機会を減少させ,それがまた思いこみを膨らませるという負のスパイラル.
 膨らんでしまった,独りで勝手に膨らませてしまった考えというのは,爆弾以外の何ものでもない.きっと相手はそこまで考えていない.もしここでその「考え」を相手にぶつけてしまえば,相手にとっては寝耳に水,爆弾は相手との弱く儚い絆を破壊し,後には大きな不信感を芽生えさせる効果しか望めない.

 結局,言葉を失い,人と距離を取ることしかできなくなってしまう.

 ディスコミュニケーションもコミュニケーションの1種だと思う.それは間違っても「何もしてないから何も変化がない」のではなく,実際にはお互いの人間関係を蝕み破壊するものであること,関係を破壊するためのコミュニケーションであることを知らなければならない.
 そんな関係をすっきり終わりにしたかったら,爆弾の投下もありだろう.もしかしたらお互いの不満をぶつけ合うことがお互いの相容れないところを理解し合うことにつながり,関係が改善される可能性はある.
 でももしかしたら,今必要なのは,その爆弾を投下することなく安全に解体してしまう方法なのかもしれない.

<ごめん! 瞳子の言ってること,本当だった....あやまるからさ.ごめん!>...
 思わず笑ってしまった.そのままの笑顔で律を見ると,スーツの襟元に大判のマフラーを巻いて,腕組みをして立っていた彼女は,諦めたような表情になって肩をすくめる.
「要するに,犬も食わないってことね....」

 始まりが些細なことであれば終わりも些細なことで良い.コミュニケーションがあろうが無かろうが,相手が変わってしまおうが否かろうが,それでも自分は変わらずに相手のことを信頼しているんだと,相手のことが大切なんだ,好きなんだと,それを確認することができるきっかけさえ与えられたら,自分の中のわだかまりも,相手に対する不満も,全部許して無かったことにして,新しい関係を築いていけるようになるのかもしれない.
 静かに解体された爆弾は,いつか「あのときはこんな危機があったんだよ」と,笑って話せる日が来るんだと思う.


 最近の興味はもっぱら,こんな感じの「ちょっと大人な恋愛小説」.しかも女流作家.
 友達に図書館で目撃されたときにかなり普通に引かれてしまいましたが.ヘタなデザイン本よりもずっと,人生について,人間について,いろいろと勉強になりますよ.

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